2007年 09月 25日
第2回 板橋中央病院院長 新見能成先生 |
私立病院の明日を考える
新見能成先生は順天堂大学医学部を御卒業後、順天堂大学麻酔科、東京女子医科大学心臓血圧研究所内科、米国ベイラー大学(テキサス)外科Assistant Professorなどを経て、帝京大学医学部麻酔科助教授を長年勤められました。2005年からは、日本での研修医マッチング制度導入と共に新たな臨床教育の場で活躍すべく板橋中央総合病院麻酔科部長、副院長として就任。院内での信頼も厚く、2007年からは同病院の病院長として指揮を取ることになります。
循環器系に造詣が深く、麻酔科領域では心臓麻酔、特に人工心肺や経食道心エコーの研究で数々の業績を上げておられます。1988年には「冠動脈再建術の術中循環動態に及ぼすβ遮断薬投与の影響」についての研究で第7回山村記念賞を受賞されています。また、新見先生は医療機器の開発などで特許を取得するなど非常にユニークな面を持っておられます。体外循環のシミュレーションが行えるモックサーキットを開発し、他学会に先駆けて心臓血管麻酔学会で人工心肺のウェットラボを立ちあげるなど、臨床研究や基礎研究以外に特徴的な教育活動を展開しておられます。
板橋中央総合病院麻酔科では、最近の医局崩壊騒ぎをよそに充実した臨床研修プログラムでスタッフを集め、板中グループの他病院へ積極的に医師を派遣しております。これまでの民間病院の医局とは異なった、型に捕らわれない柔軟な運営で周囲の関心を集めています。
そんな新見先生に、今回は大学病院とは一味違う私立病院についてお話して頂きました。
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(1)日本ではしばらく医局崩壊と騒がれていますが、実際のところ、日本の医療にとって医局の崩壊はどういった意味合いを持っているのでしょう?
(A)医局崩壊の意味を考えるには、医局の成立基盤を知ることが重要です。1968年にインターン制度が廃止され、医局講座制が敷かれると同時に、初期臨床研修システムは単一診療科ストレート方式が主流になりました。例えば将来希望する科が麻酔科なら直接麻酔科に入局し、麻酔科の専門医資格や学位取得を目標として医局主導のトレーニングを受けるシステムです。ここで、大学医局は初期の臨床研修を受ける機会を独占したことから全盛期を迎えました。大学医局は、嫌でもそこを通らなければ一人前の医師になるチャンスが得られない、いわゆる関所の役目を果たしていました。教授は関所の代官です。
しかし、大学医局は法的にも経済的にも存在しない単位です。例えば医療事故があれば、訴える先は医局ではなく大学当局であり、医局で集めたお金についても医局ではなく大学の責任が問われます。医局が40年間独占してきた初期臨床研修は、医局講座制が成立するためのもっとも重要な要件であり、これを「初期臨床研修必修化」によって崩されれば地盤沈下は避けられません。
初期臨床研修の必修化は、医師の一般的疾病に対する総合的診断能力を底上げして医療不信を払拭することを第一の目標にしています。この他に、経営の行き詰った大学病院を独立行政法人化するにあたり、経営上非効率な部分である「教育」をいくらか民間病院に移すことと、考えようによっては医療行政における大学医局の影響力を削ぐことも目的になっていたのではないでしょうか。
まとめると、医局の崩壊は、国、あるいは社会が求める医師の資質の変化を意味し、同時に臨床教育と医療提供システムの転換期を意味しています。
(2)今までの日本の医療は安い人件費で何とか賄ってこれたのだと思います。しかも、OECDの統計では、医師数2.0/1,000 populationと先進国の中では最低レベル(OECD平均は3.0)でありながら、WHOによると日本の医療は1位にランクされています(効率の良さでは10位)。そうやって頑張って来たお医者さんが多いとはいえ、やはり相当無理があるのでしょうか。日本でもアメリカでも最近では医者もより待遇のよい環境を求めて仕事するようになってきたようです。例えば、麻酔科ではフリーランスと呼ばれるアルバイト専門の医者などが出て来ているそうです。こうした動きについてはどうお考えですか?
(A)医局から研修医が流出したことにより、大学は関連病院から医師を引き上げ、そこでパート医の需要が発生しました。パート医の需要は新たに医局を離れる医師を生み出し、その結果、さらなるパート医の需要が生み出されました。これは医局支配力の低下と信用収縮に伴う必然であって是も非もありません。
ただ、個人的には積み重ねた信用が医療人の財産であり、その信用の増加が成長と考えています。一生懸命やってもパートはパート、あくまで部外者であって同じ船に乗った信用と連携は生まれません。つまり、パート医では財産を築くことも成長することも難しい。病院側は常勤医が足りないから仕方なく高い給料を払っているに過ぎませんし、パート医にしても勤務医への失望の果てにやむを得ずやっているだけではないでしょうか。
しかし、東京ではこうしたフリーランスの活躍は一時的なものかもしれません。麻酔科では、むしろ小さな病院にフリーランスの医師が常勤医として就職する傾向にあるようです。
(3)マッチング導入後、大学病院離れが目立ち、私立病院が研修医の研修先病院として人気があるようですが、私立病院の魅力とは何でしょう?
(A)初期臨床研修必修化については、厚労省が毎年詳しい調査を行っています。これによると、研修プログラムの満足度は大学病院より臨床研修病院が明らかに上です。平成17年度のアンケートでこの内訳をみると、「プライマリケアの能力を身につけられる」が37.3%:12.6%、「全人的な医療を学ぶことができる」が17.5%:6.7%、「期待していたとおりの内容である」が10.5%:4.0%と低値ではありますが、この3項目で大きく臨床研修病院がリードしています。このほか目標達成度についてのアンケートでも臨床研修病院が上です。さらに、経済的ゆとりと研修生活の自由度も民間病院が勝っているのでしょう。
(4)以前、板橋中央病院にお邪魔した際、オーダーや検査結果が全て電子化していました。日本でも医療の電子化は相当進んでいるのでしょうか?また、電子化は医療の質の向上にも繫がってるのでしょうか?
(A)電子化が医療の質や安全管理をいかに改善したかについては、残念ながら現時点ではほとんどまともなデータはないはずです。その理由は、1)電子カルテの普及はわずかにとどまっていること(平成18年7月で14%)、2)電子カルテの使用方法によりかなり異なる結果が出ると思われること、3)そもそも医療事故自体、1施設ではそれほど多くないこと、4)インシデントについては、数多くの報告がなされている病院もありますが、報告の基準については病院間とはいわず院内の病棟間、医師間ですら統一されていないのが現状でしょう。得られたデータの取り扱い方にも問題があります。
しかし、電子カルテは本来安全管理に有効な手段として導入された経緯があります。私は、特にクリニカルパスとの組み合わせで威力を発揮すると考えています。安全管理に有用な点をあげれば、1)重複指示の排除、過量投与や適応外投与、薬物相互作用など処方ミスへの警告、2)パスとの併用による指示の標準化、3)院内感染レポート作成ソフトの使用による院内感染防止対策、4)医療情報の保存と共有によるチーム医療の推進、あるいは共同での医療事故解析、5)インフォームドコンセントの簡略化、6)情報の一元化と転記作業の削減、7)専用ソフトの使用によるデータ表示能力の向上(グラフ化など)、8)責任の明確化と故意または過失による書き換え防止、9)パスワードを入力することにより患者本人も見られるシステムがあり、この場合は患者サイドからの診療内容のチェックなど多様です。つまり、使い方によって安全管理についての貢献度がかなり変わってくるはずです。
上述したように、この中で私がもっとも重視しているのは2)です。残念ながら板中でもまだパスがしっかり作成されていない診療科が多いのですが、できるだけ早期にいろいろな疾患のパスを板中のサイトで公開していくつもりです。パスはレストランでいえばメニューですから、患者側としては絶対に予約する前に知りたいところですよね。ただし、定番のメニューを作るわけですから、それぞれ効率がもっともいいパスにしなくては、と思っています。
もう一つ、バーコードやICタグによる医療材料、血液製剤の管理を電子カルテとリンクさせたいのですが、これについてはまだいいモデルが見当たりません。どのようにリンクさせるべきか漠然と考えている状態です。これができればさらに安全管理の幅が広がり、経済効率も改善するはずなのですが。
(5)今後の私立病院の役割についてお聞かせ下さい。
(A)急性期病院について解答します。中規模以上の病院は地域の中核病院として、地域住民のニーズに幅広く、かつきめ細やかに対応した医療を展開することが重要です。救急医療や健診のほか、病診連携を介して地域の医療システムを構築する責任を果たすべきです。実力のある病院は、特定機能病院、救命救急センター、癌拠点病院、移植認定病院などの資格も獲得していくでしょう。小規模な病院は、その専門性において競争力がなければ存続は難しいと思います。初期臨床研修においては、救急医療、common diseaseの診断と治療、ファミリープラクティスの研修などに力を発揮していくべきでしょう。
(6)最後に今後の日本の医療の展望についてお聞かせ下さい。
(A)最近、「医療崩壊」という言葉が良く使われますが、これが何を意味して使われているのかがとても重要です。マイケルムーア監督のSickoでは、アメリカの市場主義型医療における人間軽視が医療崩壊として描かれていますが、日本の医療崩壊はこれとは別ですよね。日本の場合は病院経営の破綻と、医師不足あるいは医師の偏在が問題の中心です。
日本では夕張市が財政破綻しましたが、1000兆円以上の借金を抱えた日本の財政基盤は夕張市よりも悪く、先進国中最低です。三回連続の診療報酬マイナス改定が行われ、多くの病院が倒産したのは財政主導型の医療行政が目指したところです。しかも、医療費抑制の到達目標はまだ先です。今後も各病院は、沈み行く船の中でそのマストに登るような努力を続けるほかありません。私は、病院が生き残るためのキーワードは柔軟性と先見性と考えています。診療報酬引き下げ、医師不足、看護士不足、コンビニ医療を求める患者、医療事故の増加など病院をとりまく数多くの悪条件のなかで、いかに迅速かつ柔軟に生き残れる方向に向けて舵を取れられるかが問われています。
医師不足については、厚労省がやっと重い腰をあげ、医師養成数増員や緊急医師派遣などの対策をとりはじめました。いずれも速効性があるわけではなく、地域医療はまだまだ混乱が続くと予想されますが、問題が認識された以上、医師不足は中長期的に見れば一時的なものでしょう。歪んだ臨床教育システムや現場の医師にツケがまわっていた医療提供システムを是正するにあたっての生みの苦しみの時期と考えます。
また、地方に医師がいないといいますが、地方に医師が足りている国など世界中にあるのでしょうか。ロッキー山脈に住民が困らないだけの医師がいますか?中国の学会で日本の地域医療が初期臨床研修必修化とともに崩壊した話をしたのですが、まったく理解されませんでした。中国の僻地にはもともと医療など存在しないのです。ある意味日本は、経済事情に応じて世界標準に向かっているだけかもしれません。いずれにしろ国民一人一人が、将来あるべき医療の姿と財政主導型医療政策の落としどころについて必死に考えなければならないところに来ています。
(7)今回はお忙しいところ、大変御丁寧なお話を頂きまして大変ありがとうございました。
(A)随分と長くなってしまいましたが、このような解答で良かったでしょうか?何かありましたらまたら遠慮なく、連絡して下さい。
新見能成先生は順天堂大学医学部を御卒業後、順天堂大学麻酔科、東京女子医科大学心臓血圧研究所内科、米国ベイラー大学(テキサス)外科Assistant Professorなどを経て、帝京大学医学部麻酔科助教授を長年勤められました。2005年からは、日本での研修医マッチング制度導入と共に新たな臨床教育の場で活躍すべく板橋中央総合病院麻酔科部長、副院長として就任。院内での信頼も厚く、2007年からは同病院の病院長として指揮を取ることになります。
循環器系に造詣が深く、麻酔科領域では心臓麻酔、特に人工心肺や経食道心エコーの研究で数々の業績を上げておられます。1988年には「冠動脈再建術の術中循環動態に及ぼすβ遮断薬投与の影響」についての研究で第7回山村記念賞を受賞されています。また、新見先生は医療機器の開発などで特許を取得するなど非常にユニークな面を持っておられます。体外循環のシミュレーションが行えるモックサーキットを開発し、他学会に先駆けて心臓血管麻酔学会で人工心肺のウェットラボを立ちあげるなど、臨床研究や基礎研究以外に特徴的な教育活動を展開しておられます。
板橋中央総合病院麻酔科では、最近の医局崩壊騒ぎをよそに充実した臨床研修プログラムでスタッフを集め、板中グループの他病院へ積極的に医師を派遣しております。これまでの民間病院の医局とは異なった、型に捕らわれない柔軟な運営で周囲の関心を集めています。
そんな新見先生に、今回は大学病院とは一味違う私立病院についてお話して頂きました。
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(1)日本ではしばらく医局崩壊と騒がれていますが、実際のところ、日本の医療にとって医局の崩壊はどういった意味合いを持っているのでしょう?
(A)医局崩壊の意味を考えるには、医局の成立基盤を知ることが重要です。1968年にインターン制度が廃止され、医局講座制が敷かれると同時に、初期臨床研修システムは単一診療科ストレート方式が主流になりました。例えば将来希望する科が麻酔科なら直接麻酔科に入局し、麻酔科の専門医資格や学位取得を目標として医局主導のトレーニングを受けるシステムです。ここで、大学医局は初期の臨床研修を受ける機会を独占したことから全盛期を迎えました。大学医局は、嫌でもそこを通らなければ一人前の医師になるチャンスが得られない、いわゆる関所の役目を果たしていました。教授は関所の代官です。
しかし、大学医局は法的にも経済的にも存在しない単位です。例えば医療事故があれば、訴える先は医局ではなく大学当局であり、医局で集めたお金についても医局ではなく大学の責任が問われます。医局が40年間独占してきた初期臨床研修は、医局講座制が成立するためのもっとも重要な要件であり、これを「初期臨床研修必修化」によって崩されれば地盤沈下は避けられません。
初期臨床研修の必修化は、医師の一般的疾病に対する総合的診断能力を底上げして医療不信を払拭することを第一の目標にしています。この他に、経営の行き詰った大学病院を独立行政法人化するにあたり、経営上非効率な部分である「教育」をいくらか民間病院に移すことと、考えようによっては医療行政における大学医局の影響力を削ぐことも目的になっていたのではないでしょうか。
まとめると、医局の崩壊は、国、あるいは社会が求める医師の資質の変化を意味し、同時に臨床教育と医療提供システムの転換期を意味しています。
(2)今までの日本の医療は安い人件費で何とか賄ってこれたのだと思います。しかも、OECDの統計では、医師数2.0/1,000 populationと先進国の中では最低レベル(OECD平均は3.0)でありながら、WHOによると日本の医療は1位にランクされています(効率の良さでは10位)。そうやって頑張って来たお医者さんが多いとはいえ、やはり相当無理があるのでしょうか。日本でもアメリカでも最近では医者もより待遇のよい環境を求めて仕事するようになってきたようです。例えば、麻酔科ではフリーランスと呼ばれるアルバイト専門の医者などが出て来ているそうです。こうした動きについてはどうお考えですか?
(A)医局から研修医が流出したことにより、大学は関連病院から医師を引き上げ、そこでパート医の需要が発生しました。パート医の需要は新たに医局を離れる医師を生み出し、その結果、さらなるパート医の需要が生み出されました。これは医局支配力の低下と信用収縮に伴う必然であって是も非もありません。
ただ、個人的には積み重ねた信用が医療人の財産であり、その信用の増加が成長と考えています。一生懸命やってもパートはパート、あくまで部外者であって同じ船に乗った信用と連携は生まれません。つまり、パート医では財産を築くことも成長することも難しい。病院側は常勤医が足りないから仕方なく高い給料を払っているに過ぎませんし、パート医にしても勤務医への失望の果てにやむを得ずやっているだけではないでしょうか。
しかし、東京ではこうしたフリーランスの活躍は一時的なものかもしれません。麻酔科では、むしろ小さな病院にフリーランスの医師が常勤医として就職する傾向にあるようです。
(3)マッチング導入後、大学病院離れが目立ち、私立病院が研修医の研修先病院として人気があるようですが、私立病院の魅力とは何でしょう?
(A)初期臨床研修必修化については、厚労省が毎年詳しい調査を行っています。これによると、研修プログラムの満足度は大学病院より臨床研修病院が明らかに上です。平成17年度のアンケートでこの内訳をみると、「プライマリケアの能力を身につけられる」が37.3%:12.6%、「全人的な医療を学ぶことができる」が17.5%:6.7%、「期待していたとおりの内容である」が10.5%:4.0%と低値ではありますが、この3項目で大きく臨床研修病院がリードしています。このほか目標達成度についてのアンケートでも臨床研修病院が上です。さらに、経済的ゆとりと研修生活の自由度も民間病院が勝っているのでしょう。
(4)以前、板橋中央病院にお邪魔した際、オーダーや検査結果が全て電子化していました。日本でも医療の電子化は相当進んでいるのでしょうか?また、電子化は医療の質の向上にも繫がってるのでしょうか?
(A)電子化が医療の質や安全管理をいかに改善したかについては、残念ながら現時点ではほとんどまともなデータはないはずです。その理由は、1)電子カルテの普及はわずかにとどまっていること(平成18年7月で14%)、2)電子カルテの使用方法によりかなり異なる結果が出ると思われること、3)そもそも医療事故自体、1施設ではそれほど多くないこと、4)インシデントについては、数多くの報告がなされている病院もありますが、報告の基準については病院間とはいわず院内の病棟間、医師間ですら統一されていないのが現状でしょう。得られたデータの取り扱い方にも問題があります。
しかし、電子カルテは本来安全管理に有効な手段として導入された経緯があります。私は、特にクリニカルパスとの組み合わせで威力を発揮すると考えています。安全管理に有用な点をあげれば、1)重複指示の排除、過量投与や適応外投与、薬物相互作用など処方ミスへの警告、2)パスとの併用による指示の標準化、3)院内感染レポート作成ソフトの使用による院内感染防止対策、4)医療情報の保存と共有によるチーム医療の推進、あるいは共同での医療事故解析、5)インフォームドコンセントの簡略化、6)情報の一元化と転記作業の削減、7)専用ソフトの使用によるデータ表示能力の向上(グラフ化など)、8)責任の明確化と故意または過失による書き換え防止、9)パスワードを入力することにより患者本人も見られるシステムがあり、この場合は患者サイドからの診療内容のチェックなど多様です。つまり、使い方によって安全管理についての貢献度がかなり変わってくるはずです。
上述したように、この中で私がもっとも重視しているのは2)です。残念ながら板中でもまだパスがしっかり作成されていない診療科が多いのですが、できるだけ早期にいろいろな疾患のパスを板中のサイトで公開していくつもりです。パスはレストランでいえばメニューですから、患者側としては絶対に予約する前に知りたいところですよね。ただし、定番のメニューを作るわけですから、それぞれ効率がもっともいいパスにしなくては、と思っています。
もう一つ、バーコードやICタグによる医療材料、血液製剤の管理を電子カルテとリンクさせたいのですが、これについてはまだいいモデルが見当たりません。どのようにリンクさせるべきか漠然と考えている状態です。これができればさらに安全管理の幅が広がり、経済効率も改善するはずなのですが。
(5)今後の私立病院の役割についてお聞かせ下さい。
(A)急性期病院について解答します。中規模以上の病院は地域の中核病院として、地域住民のニーズに幅広く、かつきめ細やかに対応した医療を展開することが重要です。救急医療や健診のほか、病診連携を介して地域の医療システムを構築する責任を果たすべきです。実力のある病院は、特定機能病院、救命救急センター、癌拠点病院、移植認定病院などの資格も獲得していくでしょう。小規模な病院は、その専門性において競争力がなければ存続は難しいと思います。初期臨床研修においては、救急医療、common diseaseの診断と治療、ファミリープラクティスの研修などに力を発揮していくべきでしょう。
(6)最後に今後の日本の医療の展望についてお聞かせ下さい。
(A)最近、「医療崩壊」という言葉が良く使われますが、これが何を意味して使われているのかがとても重要です。マイケルムーア監督のSickoでは、アメリカの市場主義型医療における人間軽視が医療崩壊として描かれていますが、日本の医療崩壊はこれとは別ですよね。日本の場合は病院経営の破綻と、医師不足あるいは医師の偏在が問題の中心です。
日本では夕張市が財政破綻しましたが、1000兆円以上の借金を抱えた日本の財政基盤は夕張市よりも悪く、先進国中最低です。三回連続の診療報酬マイナス改定が行われ、多くの病院が倒産したのは財政主導型の医療行政が目指したところです。しかも、医療費抑制の到達目標はまだ先です。今後も各病院は、沈み行く船の中でそのマストに登るような努力を続けるほかありません。私は、病院が生き残るためのキーワードは柔軟性と先見性と考えています。診療報酬引き下げ、医師不足、看護士不足、コンビニ医療を求める患者、医療事故の増加など病院をとりまく数多くの悪条件のなかで、いかに迅速かつ柔軟に生き残れる方向に向けて舵を取れられるかが問われています。
医師不足については、厚労省がやっと重い腰をあげ、医師養成数増員や緊急医師派遣などの対策をとりはじめました。いずれも速効性があるわけではなく、地域医療はまだまだ混乱が続くと予想されますが、問題が認識された以上、医師不足は中長期的に見れば一時的なものでしょう。歪んだ臨床教育システムや現場の医師にツケがまわっていた医療提供システムを是正するにあたっての生みの苦しみの時期と考えます。
また、地方に医師がいないといいますが、地方に医師が足りている国など世界中にあるのでしょうか。ロッキー山脈に住民が困らないだけの医師がいますか?中国の学会で日本の地域医療が初期臨床研修必修化とともに崩壊した話をしたのですが、まったく理解されませんでした。中国の僻地にはもともと医療など存在しないのです。ある意味日本は、経済事情に応じて世界標準に向かっているだけかもしれません。いずれにしろ国民一人一人が、将来あるべき医療の姿と財政主導型医療政策の落としどころについて必死に考えなければならないところに来ています。
(7)今回はお忙しいところ、大変御丁寧なお話を頂きまして大変ありがとうございました。
(A)随分と長くなってしまいましたが、このような解答で良かったでしょうか?何かありましたらまたら遠慮なく、連絡して下さい。
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by medlounge
| 2007-09-25 00:04