2008年 01月 12日
第4回 明日の医療と医師の役割 |
東京大学医科学研究所 上昌広准教授
今回の Grand Rounds は東京大学医科学研究所の探索医療とヒューマンネットワークシステム部門客員准教授でおられます上昌広先生にお願い致しました。
上先生は東京大学医学部をご卒業後、同内科にて研修をされ、都立駒込病院血液内科を経て、東京大学大学院にて博士号を所得されました。その後は虎ノ門病院血液科、国立がんセンター中央病院薬物療法部などを経て現職に到ります。
上先生は血液内科医として臨床の現場でご活躍される一方、探索医療ヒューマンネットワークシステム部門にて「先端医療の確立・普及を阻害するボトルネックを明らかにし、その解決策を探り、具体化していくための提案、医療に於ける諸問題の解決に向けての医療ガバナンスの研究と活動」についても取り組んでおられます。更に、「現場からの医療改革推進協議会を立ち上げられるなど、幅広い観点から日本の医療についてご尽力されています。
その上先生に、今回は主に変わりつつある日本の医療の将来と医師の役割について伺いました。
日本の医療全般について
(1)先生の立ち上げられた「現場からの医療改革推進協議会」の趣旨についてお答え下さい。
医療は医学を中心としたいくつかの社会のシステムを包含するため、医療現場における諸問題を解決するためには、医学関係のみならず政策、メディア、教育、等の異なる分野の有機的な連携が必須です。「現場からの医療改革推進協議会」では医療現場における問題事例を取り上げ、医療現場の主人公である患者とそれを直接支える医療スタッフたちが、現場の視点から具体的な問題提起を行い、その適切な解決策を議論する機会と場を創出することを目的としています。
発起人には、医療関係者、患者、メディア、政治家、元官僚、法律の専門家、工学の専門家など、様々な立場の方々がおられ、私はその事務局を務めさせていただいております。私たちのホームページもご参照ください。
http://expres.umin.jp/genba/index.html
(2)医療改革にて医者はどのような役割を果たすべきなのでしょうか?
すべてお役所任せにするのではなく、専門家としての声を、社会に発信していかなければなりません。特に、医療制度やメディア報道を医学的にチェックする役割を、医者が担う必要があります。あらゆる制度やメディア上の議論は、チェック&バランスが働かなければ偏ったものになる危険性が高いからです。医療制度やメディアの論調の中で、現場の実態と乖離している点や、医学的に間違っている点があればそれを指摘し、代替案としてどうすればよいか建設的な議論ができるとよいですね。例えば、「現場からの医療改革推進協議会」では、厚労省案に対する私たちの対案をホームページに掲載していますので、ご覧いただければ幸いです。
http://expres.umin.jp/genba/taian.html
(3)これからの日本はどのような医療を目指すべきなのでしょうか?
一言でいうならば「多様性」を尊重できる医療でしょうか。かつてのように全国民が生存期間の延長だけを望む時代ではなくなりました。例えば、最後まで仕事が続けられることや家族と共に暮らせることなどに、生存期間の延長以上の価値をおく患者さんもいらっしゃいます。また、忙しくて病院に行く時間が取れない人には、身近に気軽に立ち寄れるクリニックなどの需要もあります。このように、患者さんの価値観の多様化とともに医療に対するニーズも多様化しているのです。一方で、医療技術は発展し、医療供給側の専門性も多様化しています。患者さんの多様な需要を敏感にとらえ、unmet needs に応える医療の供給を考える必要があるのでしょう。
臨床試験を通じた先端医療開発体制の整備について
(4)先生は、臨床試験を通じた先端医療開発体制の整備についても研究されているようですが、最近、厚生労働省から「有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会報告書」(2007年7月30日)が発表されました。このような政府の取り組みは、先端医療開発体制の整備の第一歩に過ぎないものと理解しております。また、上先生もご存じのとおり、有効で安全な医薬品へのアクセスは、アメリカでも非常に注目されている話題です。そこで、上先生からみて同整備上もっとも重視すべき点についてぜひ教えていただきたく存じます。
情報公開でしょうか。すでに述べたとおり、患者さんの医薬品に対するニーズや、その使用に関する価値基準は実に多様です。政府の取り組みも重要ですが、政府の考える単一の判断基準では、患者さんの多様なニーズのすべてに応えることはできないのです。十分な情報公開によって、個々の患者さんが個々の医療者とともに、納得のいく方針を考えるプロセスを可能にする必要があるのではないでしょうか。
今後の展望
(5)その他、もし何かご希望のメッセージが御座いましたら是非お願い致します。
現在、周産期医療の崩壊、特にハイリスク分娩の引き受け手の減少が、メディアの注目を集めています。ハイリスク分娩は、様々な専門分野の医師・看護師などのマンパワーや医療機器を集約した場所でしか引き受けられないことから、どうしても遠くまで妊婦さんを搬送せざるを得ず、広域搬送のためにヘリコプター導入の重要性が叫ばれています。我々のグループでは、日本医科大学(救急)、亀田総合病院(産科、腎臓高血圧内科、MFICU、NICU)、東京大学(統計学)の先生方との共同研究によって、救急車搬送よりもヘリコプター搬送のほうが予後が良い可能性、医療費も安い可能性があることを発表しました。
9月19日に、舛添厚生労働大臣が、ヘリコプター搬送が周産期医療に実際に運用されている現場の視察のため、亀田総合病院を訪問されました。アジア産婦人科学会の発表のときには、モンゴルの厚生副大臣から情報交換を求められるなど、多大な関心を集めています。
このように現場の医療者の努力だけでは、多様な患者さんのニーズに対応しきれないケースも多く、様々な分野の方々とのネットワークの重要性を痛感しています。
今回の Grand Rounds は東京大学医科学研究所の探索医療とヒューマンネットワークシステム部門客員准教授でおられます上昌広先生にお願い致しました。
上先生は東京大学医学部をご卒業後、同内科にて研修をされ、都立駒込病院血液内科を経て、東京大学大学院にて博士号を所得されました。その後は虎ノ門病院血液科、国立がんセンター中央病院薬物療法部などを経て現職に到ります。
上先生は血液内科医として臨床の現場でご活躍される一方、探索医療ヒューマンネットワークシステム部門にて「先端医療の確立・普及を阻害するボトルネックを明らかにし、その解決策を探り、具体化していくための提案、医療に於ける諸問題の解決に向けての医療ガバナンスの研究と活動」についても取り組んでおられます。更に、「現場からの医療改革推進協議会を立ち上げられるなど、幅広い観点から日本の医療についてご尽力されています。
その上先生に、今回は主に変わりつつある日本の医療の将来と医師の役割について伺いました。
日本の医療全般について
(1)先生の立ち上げられた「現場からの医療改革推進協議会」の趣旨についてお答え下さい。
医療は医学を中心としたいくつかの社会のシステムを包含するため、医療現場における諸問題を解決するためには、医学関係のみならず政策、メディア、教育、等の異なる分野の有機的な連携が必須です。「現場からの医療改革推進協議会」では医療現場における問題事例を取り上げ、医療現場の主人公である患者とそれを直接支える医療スタッフたちが、現場の視点から具体的な問題提起を行い、その適切な解決策を議論する機会と場を創出することを目的としています。
発起人には、医療関係者、患者、メディア、政治家、元官僚、法律の専門家、工学の専門家など、様々な立場の方々がおられ、私はその事務局を務めさせていただいております。私たちのホームページもご参照ください。
http://expres.umin.jp/genba/index.html
(2)医療改革にて医者はどのような役割を果たすべきなのでしょうか?
すべてお役所任せにするのではなく、専門家としての声を、社会に発信していかなければなりません。特に、医療制度やメディア報道を医学的にチェックする役割を、医者が担う必要があります。あらゆる制度やメディア上の議論は、チェック&バランスが働かなければ偏ったものになる危険性が高いからです。医療制度やメディアの論調の中で、現場の実態と乖離している点や、医学的に間違っている点があればそれを指摘し、代替案としてどうすればよいか建設的な議論ができるとよいですね。例えば、「現場からの医療改革推進協議会」では、厚労省案に対する私たちの対案をホームページに掲載していますので、ご覧いただければ幸いです。
http://expres.umin.jp/genba/taian.html
(3)これからの日本はどのような医療を目指すべきなのでしょうか?
一言でいうならば「多様性」を尊重できる医療でしょうか。かつてのように全国民が生存期間の延長だけを望む時代ではなくなりました。例えば、最後まで仕事が続けられることや家族と共に暮らせることなどに、生存期間の延長以上の価値をおく患者さんもいらっしゃいます。また、忙しくて病院に行く時間が取れない人には、身近に気軽に立ち寄れるクリニックなどの需要もあります。このように、患者さんの価値観の多様化とともに医療に対するニーズも多様化しているのです。一方で、医療技術は発展し、医療供給側の専門性も多様化しています。患者さんの多様な需要を敏感にとらえ、unmet needs に応える医療の供給を考える必要があるのでしょう。
臨床試験を通じた先端医療開発体制の整備について
(4)先生は、臨床試験を通じた先端医療開発体制の整備についても研究されているようですが、最近、厚生労働省から「有効で安全な医薬品を迅速に提供するための検討会報告書」(2007年7月30日)が発表されました。このような政府の取り組みは、先端医療開発体制の整備の第一歩に過ぎないものと理解しております。また、上先生もご存じのとおり、有効で安全な医薬品へのアクセスは、アメリカでも非常に注目されている話題です。そこで、上先生からみて同整備上もっとも重視すべき点についてぜひ教えていただきたく存じます。
情報公開でしょうか。すでに述べたとおり、患者さんの医薬品に対するニーズや、その使用に関する価値基準は実に多様です。政府の取り組みも重要ですが、政府の考える単一の判断基準では、患者さんの多様なニーズのすべてに応えることはできないのです。十分な情報公開によって、個々の患者さんが個々の医療者とともに、納得のいく方針を考えるプロセスを可能にする必要があるのではないでしょうか。
今後の展望
(5)その他、もし何かご希望のメッセージが御座いましたら是非お願い致します。
現在、周産期医療の崩壊、特にハイリスク分娩の引き受け手の減少が、メディアの注目を集めています。ハイリスク分娩は、様々な専門分野の医師・看護師などのマンパワーや医療機器を集約した場所でしか引き受けられないことから、どうしても遠くまで妊婦さんを搬送せざるを得ず、広域搬送のためにヘリコプター導入の重要性が叫ばれています。我々のグループでは、日本医科大学(救急)、亀田総合病院(産科、腎臓高血圧内科、MFICU、NICU)、東京大学(統計学)の先生方との共同研究によって、救急車搬送よりもヘリコプター搬送のほうが予後が良い可能性、医療費も安い可能性があることを発表しました。
9月19日に、舛添厚生労働大臣が、ヘリコプター搬送が周産期医療に実際に運用されている現場の視察のため、亀田総合病院を訪問されました。アジア産婦人科学会の発表のときには、モンゴルの厚生副大臣から情報交換を求められるなど、多大な関心を集めています。
このように現場の医療者の努力だけでは、多様な患者さんのニーズに対応しきれないケースも多く、様々な分野の方々とのネットワークの重要性を痛感しています。
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by medlounge
| 2008-01-12 11:15